コラム

論理エンジンと教科書の架け橋となる教材「思考ルート」第3部「思考ルート」で“ものを考える人間”をつくる
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Writer S

今回で最後になります開智高校の加藤先生によるインタヴューになります。
ではご覧ください。

「思考ルート」で“ものを考える人間”をつくる

思考ルートの最終目標

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―― 開智高校の改革の成功までの一連の流れの中で、加藤先生が一番大切にしてきたのは、どのようなことですか。「思考ルート」の最終目標が何になるのか、ということにも重なってくると思うのですが。

加藤 そうですね。“ものを考える人間”をつくるということですね。そこが一番ですね。

―― 「思考ルート」は、国語史の中で画期的な教材内容であることは間違いないと思います。
 加藤先生は、「思考ルート」冒頭で、「知的基礎体力」という言葉を強調していらっしゃいます。それは、一言で言えば、頭を良くするための学習ですよね。

加藤 はい、そうですね。

―― この「知的基礎体力」をつけることは、 “ものを考える人間”をつくる、ということと、どのようにつながっていくのでしょうか。

加藤 例えば、国語はすべての教科の基本であるだとか、いろいろな考え方があるわけですが、私の考えのベースにあるのは、日本人は、日本語を使ってしか物事は考えられない、ということなのです。
 ものを考えないで生きている人間はいませんよね。そして、日本人なら物事を考えるときには必ず日本語を使うわけです。したがってその日本語がお粗末な状態だと、考える内容もお粗末、ダメになってしまうと考えています。
 私が国語の授業を通して生徒たちに身につけさせたい力というのは、単なる言語運用能力だけではなく―――これは、「思考ルート」の「思考」という言葉に込めている思いですけれども―――、一言で言うと、ソーシャルスキルなのです。社会人としてきちんとコミュニケーションがとれる能力を持った、使いものになる人間を育てないと、この国自体、ダメになってしまうのでは、という危機感を抱いています。
 日本語の乱れは、昔から言われていますよね。たしかに日本語がきちんと使えないので、社会に出てから、コミュニケーションが取れなかったり、人の気持ちを慮(おもんぱか)ることができなかったりする子どもが、いま大変増えているのではないでしょうか。
 そして、その力をつけるための教育力を、残念ながら今の大学は持っていないのです。高校が最後の砦(とりで)なんです。

―― なるほど。

加藤 だから、高校のうちに、その力をきちんとつけなくてはならないのです。
 例えば、うちのS類では、絶対に生徒に対して教師がタメ口を利かない、というルールを決めています。それは、タメ口がどうこうという問題ではないのです。
 言葉を、きちんと場をわきまえて使うことができない状態で、いくら知識を詰め込んで、良い大学に入れても、多分その生徒は、社会に出たときに全く役に立たないと思うからで
す。
 正直、大学入試は、偏差値だけで見てくれるので楽なんですよ。点数だけですからね。 だから、大学に落ちても、それは「点数が悪かったから落ちた」と割り切れるわけです。
 よく勘違いして、「点数しか見てくれないから」と、言い出す高校生がいますよね。
 でも、そういう子には「君はもし人間性まで入試で見られ、落とされたときに、立ち直れると思うか」って聞いてみたい(笑)。

―― 「君は、偏差値的にはOKだけれども、人間としてアウトだよ」と言われたら、立ち直れませんね(笑)。
加藤 大学入試は、点数しか見ない。でも、会社に入るときは、偏差値だけ見てくれるわけじゃない。お里が知れちゃうような貧弱な日本語力、ソーシャルスキルでは太刀打ちできない世界なのです。
 例えば、会社の面接官と話したり、上司などいろいろな立場の人と話すとき、必ず私たちは日本語を使ってものを考え、コミュニケーションします。だからこそ、その日本語力こそもっとも鍛えなければならない、ソーシャルスキルの根本なんだよ、という考え方。そこが私の指導のベースなのです。

―― なるほど。

加藤 今まで申し上げましたように、日本語力を鍛える第一の目的は、ソーシャルスキルを確立させるっていうところにあります。
 そのためには、やっぱり物事を考えなくてはいけないんですね。たくさん失敗してもいいから、いろいろ自分で試して、ものを考えてみて……。考えることも、試すことも、すべて我々は日本語を使ってしかできません。

―― おっしゃる通りですね。繰り返すようで恐縮ですが、いまおっしゃったことの意味が、まさにこの「思考ルート」というネーミングに込められていますね。
 本日は、貴重なお話を聞かせていただいて、ありがとうございました。

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