コラム

論理エンジン研修会の超人気先生~開智学園開智高等学校・加藤克巳先生~【前編】(2)「加藤先生インタビュー」
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Writer S
開智学園
加藤克巳

今回は開智高校・加藤先生に直接お話しした模様をお届けします。”論理の匠”加藤先生のお言葉には論理エンジンを有効に使うためのヒントだけでなく、今後生徒を社会へ送り出す教員としての矜持が伺えるうえ、教育を提供する皆さまへのヒントもちりばめられていますので、是非ともご覧ください。

リーダーの資質とは何か


―― 先生が論理エンジンに惹かれた理由を教えていただけますか。

加藤 国語の教員だからということももちろんありますが、本校が掲げている学校の教育理念、「21世紀を担う創造型発信型のリーダーを育成する」。お題目かもしれませんが、それをどういう形で具体化できるだろうかという視点もあったのです。
21世紀を担うリーダーとは一体何なのか。S類の生徒たちに具体的に理解してもらう入口として、私は次のような話をよくします。

「トップに君臨して何かを支配する、あるいは逆に縁の下の力持ちになりきってしまう、これらがリーダーの資質だとはやっぱり言えないんですよね。リーダーの資質というのは、人から信頼されること、これに尽きる。いろいろな人間関係において、常に人から信頼される人間になろう。

では、その信頼感というものはどこから生まれるのか。人間長く付き合っていけばいろいろな部分が分かるわけですけれど、長く深く付き合える人間関係って、それほど多くない。だから、その浅い人間関係の内からでも信頼関係が築けないと困る。その信頼関係についてですが、私たちは第一印象で相手を判断します。いくら『人は見た目じゃない、心だよ』と言っても、どうしても最初は見た目で判断するし、される。だから、そういった所ができていないと、これは信頼に足る人間ではないということになってしまうでしょう。だからこれが信頼関係の第一歩。

次に、人とコミュニケーションを図ろうとしますね。そこで用いるのは、やはり言葉です。信頼関係を築くためには、自分の気持ちをきちんと相手に伝えることができるように、相手が言わんとしていることをきちんと理解できるように、この言葉というツールをきちんと使いこなせるようにならなければならないんです。言葉によるコミュニケーションの上に人と人との信頼が生まれる。そういった信頼関係を築くことができる力をもっていることがリーダーの資質なんです。」

こんな話を機会があるたびに生徒たちには言っています。そしてそれらを養成するために必要なものはと考えたとき目にとまったのが、論理エンジンだったんですね。

国語は意図的に学ぶ必要がある

加藤 英語や数学について、我々は意図的に学びます。これらは自然にできるようにはならないからです。ところが日本語だけは自然にできるようになります。しかも周りにどういう大人がいたか、その環境で我々の国語力は変わってきます。

当然、周囲の大人たちが関西弁をしゃべれば関西弁をしゃべるようになるし、関東だったら関東弁をしゃべるようになるわけです。

このように、自然の中で国語力というのは形成されてしまう。ではその自然に身に付いた国語力とはどの程度のものかというと、日常生活で困らないレベルなんですね。数学に置き換えて言えば、足し算・引き算・掛け算・割り算ができるレベルです。四則演算ができればセンター試験でOKかと言えば、もちろんそうはならない。

にもかかわらず現代文については、日常生活で不足していないのでなんとなく国語が出来る気になってしまって、その学力でセンター試験を受けに行って…、撃沈されるわけです。

ではどうやって国語を勉強すればいいのか。実は英語や数学は勉強の仕方が分かるけれど、国語は勉強の仕方が分からないという子が多いという実態に解決の糸口があります。先ほども触れたように、英語や数学は意図的にやっているので、それがすなわち学習法になるわけです。一方で国語は自然に身についてしまうので、意図的に勉強していませんからやり方が分からない。だから意図的に学ぶ必要があるんです。

そこで国語の学力を意図的に構成するツールがないものだろうか、と考えまして、そこで出会ったのが論理エンジンだったんですね。

小・中学校を通じて何となく自然に身に付いた国語力で小説教材を読み、コミュニケーションを取る、といったことしかできていない子どもたちは、どうしても感覚的に言葉を使います。そうすると感覚がマッチしない人とはコミュニケーションがとれません。そうなってくると、一時的な浅いレベルでしか信頼関係を築くことができない。

感覚的な言葉を否定するわけではないのですが、一方できちんと論理的な言葉・世界というものをもう一度、一から学び直さなくてはいけないのではないか、そのためには、たとえ高校生であっても小学校4年生からもう一度おさらいしてやっていこうよ、と思ったのです。

S類には、入学時の偏差値が極めて高い子が多いです。でも、論理エンジンをやらせると、もうOS1からどんどんつまずくのです。あの間違い体験が子どもたちに非常に良い。はじめは本当に簡単な主語・述語の問題ですから、パッと見ると誰でもできるような気がするのです。

しかし、実際やってみると意外と出来ない。「あ、そうか。俺こんなに国語力がなかったんだ」と自覚する。そこに学習の動機が生まれてくるんですね。

このように、21世紀のリーダーとして信頼を得ることができる人間の、必須ツールである「客観的な言語をきちんと使いこなせる能力」の養成という意味で、我々の教育理念に非常にマッチした教材だということが、導入における論理エンジンの一番の魅力でしたね。

思い切れるかどうかが境目

―― 実際に導入されていかがでしたでしょうか。

加藤 初年度は、現代文の指導者と論理エンジンの指導者を分けて指導しました。しかも週に1回しか論理エンジンの時間を設けませんでした。これが大失敗だったのです。

その大失敗の原因は何だろう? と考えた時、一番の原因はやはり論理エンジンの授業と現代文の授業がリンクしていなかったことだったと思います。これは、生徒の学習のモチベーションに直結することだからです。

要するに論理エンジンを、現代文の授業とは切り離された別個の教材と考えてしまっていると、現代文の学力との相互関係が生徒の方に関知されないので、子どもたちは両方にあまり学習効果を感じ得ないのです。

そこで次の年は、論理エンジンを現代文の中で扱いました。この時私も――これは出口先生も常々仰っておられるように――「論理エンジンで国語を教えようとしない」という風に、180度教材観、気持ちを変えたのです。

では、論理エンジンは何をやるためのものか。それは、論理エンジンの学習を通して、今まで子どもたちが国語、特に現代文というものに対して抱いていた意識・イメージを改革する、つまり意識改革のためのツールであり、国語の力を伸ばす教材ではないんだと考え直したのです。

だから私は生徒たちに常々言います。
「君たち今、論理エンジンを高校1年生で一生懸命やっているけれども、勘違いしちゃいけないよ。これだけやっていて現代文ができるようになるわけではないよ。実際、出来るようになると思えないでしょう。高校生が小4用の問題集をやっていて、国語ができるようになるわけがないんだ。でも、それはそれでいいんだ。
ただ、今までみんなは国語の勉強の仕方が分からないとか、北辰テスト(埼玉県の統一テスト)で国語の成績がいつも波をうってきたことをどうにかしたいと思って開智高校に入ってきたんでしょう。それをどうにかするのがこの教材なんだ。この教材で君たちの国語に対する意識が変われば、必ず君たちの成績は上がるし、安定してくる」と。

そして、「実際の国語の力を上げるのは、高校2年生の冬期講習から始めますから、それまではこの論理エンジンをきっちりとやっていくんですよ」と言うのです。「論理エンジンを通して国語をもう一度見直すんだよ」ということですね。

正直言って、そこまで思い切れるかどうかが、多分境目だと思うんです。そこまで思い切って国語の指導を小学生まで巻き戻して、我々の場合で言うならば、最後は東大まで追いつかせる、というだけの本当の潔さがあるかどうかだと思うんです。

この間の論理エンジン研修会でも、他校の先生方からいろいろなご質問をいただきました。たとえば、研修会の中で「私は高1では論理エンジンしか教えません。」ということをお話ししたのですが、それについて、「それで国語の評価をどうやってつけるのですか」というようなご質問がありました。

そういう疑問をお持ちになる先生は、やはり従来型の授業イメージをお持ちなのでしょう。ですから、そこに論理エンジンを載せていったときに、どういう風になるのかという疑問が当然出てくるんですね。

たしかに従来型の授業と論理エンジンとを共存させてうまくやっていこうとするのは難しい部分があると思います。私も従来型の、文科省が提示している学習指導要領の進度に沿った論理エンジンの使い方を当然開発していかなくてはいけないと思っています。ただ、今まで50年も100年も続けてきて上手くいかなかった国語指導のやり方に、論理エンジンによって一石が投じられたわけですから、ともかくそれを一度自分の手で試してみる。それをメイン教材として使って指導してみるということが大切だと思うのです。これが私が思い切ったことだと言えますね。

いかに学内コンセンサスを得るか

―― 学内でコンセンサスを得るのが大変ではありませんでしたか?

加藤 本校では中高一貫部と高等部にそれぞれ高等学校があり、これらは全く別な学校として存在しています。また高等部の中にも特別選抜類A類と、それからS類があります。

このS類というのが高等部の柱となって作られていくのですが、このS類の設立を任された時、私はこの論理エンジンをなにがなんでも導入しようと考えていました。

学内コンセンサスのお話ですが、新類型を設立するにあたって、そして論理エンジンを導入するにあたって非常に良かったのは、私がそのS類の長を任されたことと、それから12年前から任せてもらえていた国語科の主任という立場、この2本があったことです。

論理エンジンのみならず、その他のことでも、私がやっているS類は異端児的なことばかりやっています。

特に最初作っていって形になるまでには、ある意味、上意下達でやらざるを得ないことがいっぱいあるわけですね。やはり新類型の理念のもと、信念のもと作っていかなければいけないわけです。ですから中長期的な展望のもと、取り組むべき課題と方向性はすべて私から指示しています。現場で揉むべきことはもちろん揉みますけれど。

それでS類の1つの教育の柱として論理エンジンを据えることにしました。そして、「論理エンジン面白そうだね、これやってみようよ」というメンバーをピックアップしてS類の国語科を構成したのです。で、一気にやる。
導入後は、その指導成果が全てです。それが学内世論を作りますからね。簡単にいえば数ですね。論理エンジンの導入によって本当に生徒が伸びたのか。その「伸び」が数値として表れたのか。それがダイレクトに導入と実践に対する評価となるわけです。

私学にとって大学入試合格実績というのは、いわゆる教育の決算です。先物取引みたいな部分が私学にはありますね。今までの決算状況、まあ、進学実績のことですが、その結果を見て消費者、つまり中学3年生とその保護者は学校を選ぶ、その時に「この学校に投資しよう」と思ってもらわなければならないわけです。つまり、きちんとした決算でなければ私学は信用されないですね。

これは我々にとっても非常に大きな問題です。現在のところS類もなんとか結果を出し続けているので、論理エンジンの指導効果もその一部を担っていると考えているわけですが、やっぱり成果が出ないと採用を継続するのは非常に厳しいと思いますね。

合格実績と論理エンジン

加藤 話はそれますが、研修会に行くとよく論理エンジンの導入と進学実績の向上との因果関係についてご質問を受けます。その時の私の回答は「正直に申し上げて密接な因果関係があるかどうかはまだ検証できていません。」という程度になってしまいます。

これは論理エンジンがいわゆる「教科学習教材」でないことに起因すると思います。論理エンジンは脳味噌そのものを鍛える教材ですからね。もちろん継続して検証は行っていきますが。おそらく納得していただける検証というのは数値化されたものだと思いますが、その数値化が難しいですね。でも、実感として、あるいは論理エンジン導入2年目から急激に旧帝大への合格者が伸びたことを考えると、プラスに影響していることは間違いないと考えています。

―― 結果を出し続けるプレッシャーは、相当のものではないでしょうか。

加藤 大変なプレッシャーです。

―― 以前先生から、合格実績が出なければ提出するつもりで辞表を常に懐に抱いていらっしゃると伺ったことがあります。

加藤 今年も持っていましたよ。これは逆の意味で私のお守りのようなものです。それがあることで自分を鼓舞していく。自分がやってきたこと、やっていることには当然責任がありますから、実績が出ないからといって「はい、辞めます。」といって放り出すわけにはいきません。しかし自分の気構えとして東大合格が出なかったら辞表出すぐらいの気持ちでやっています。それほど異端児的なことをやっていますので。

でもそれ位のことをやらないと、特に埼玉の私学はまず生き残れないのです。どんどん県立が統廃合していって学校数が減っていく、埼玉の私学で定員割れというところが出てくる。私学はもう2極化していきますよね。何とかとりあえず生徒を集めていくのか、それとも「行きたい学校」として残っていくのか。中間層はそっくり県立に食われていきますから。

われわれは上を追っていくことを目指したので、そのためには、外から見れば驚かれるようなことでもやっていかざるを得ない。その1つが高1・高2の国語で教科書を全く使わず、論理エンジンしか使わないことでしょう。

「どういうことなんだ」と言われるとは思うのですが、でもこれをやることによって、やっぱり確実に子どもたちの意識が変わるんですね。

加藤 話はそれますが、研修会に行くとよく論理エンジンの導入と進学実績の向上との因果関係についてご質問を受けます。その時の私の回答は「正直に申し上げて密接な因果関係があるかどうかはまだ検証できていません。」という程度になってしまいます。

これは論理エンジンがいわゆる「教科学習教材」でないことに起因すると思います。論理エンジンは脳味噌そのものを鍛える教材ですからね。もちろん継続して検証は行っていきますが。おそらく納得していただける検証というのは数値化されたものだと思いますが、その数値化が難しいですね。でも、実感として、あるいは論理エンジン導入2年目から急激に旧帝大への合格者が伸びたことを考えると、プラスに影響していることは間違いないと考えています。

―― 結果を出し続けるプレッシャーは、相当のものではないでしょうか。

加藤 大変なプレッシャーです。

―― 以前先生から、合格実績が出なければ提出するつもりで辞表を常に懐に抱いていらっしゃると伺ったことがあります。

加藤 今年も持っていましたよ。これは逆の意味で私のお守りのようなものです。それがあることで自分を鼓舞していく。自分がやってきたこと、やっていることには当然責任がありますから、実績が出ないからといって「はい、辞めます。」といって放り出すわけにはいきません。しかし自分の気構えとして東大合格が出なかったら辞表出すぐらいの気持ちでやっています。それほど異端児的なことをやっていますので。

でもそれ位のことをやらないと、特に埼玉の私学はまず生き残れないのです。どんどん県立が統廃合していって学校数が減っていく、埼玉の私学で定員割れというところが出てくる。私学はもう2極化していきますよね。何とかとりあえず生徒を集めていくのか、それとも「行きたい学校」として残っていくのか。中間層はそっくり県立に食われていきますから。

われわれは上を追っていくことを目指したので、そのためには、外から見れば驚かれるようなことでもやっていかざるを得ない。その1つが高1・高2の国語で教科書を全く使わず、論理エンジンしか使わないことでしょう。

「どういうことなんだ」と言われるとは思うのですが、でもこれをやることによって、やっぱり確実に子どもたちの意識が変わるんですね。

全校で論理エンジンに取組む

加藤 論理エンジンは国語の教材じゃないと出口先生もおっしゃいます。私もつくづく、あれはやっぱり意識改革の教材だと思います。まさに頭のOSを変えていく、ということなのです。論理エンジンを通じて、例えば「対立関係」「イコールの関係」「因果関係」などを学びますが、これは何も国語だけではなく他の教科にも通じることなんですね。

国語の教材ではないということを、今の段階では子どもたちに認識させていますが、それを一歩進めて、今年度(22年度)は、教員に対しても論理エンジン講座を研修として行っています。昨年度1月の職員会議で、他教科を含めた全職員に通達をし、現在までに数回取り組んできました。

――前に出口が、「全校規模で論理エンジンを本気で取り組めば、子どもたちが変わるだけでなく、学校の先生方も変わっていって、校内の雰囲気がすごく良くなり、皆が同じベースの日本語で情報交換ができるようになる。どの教科の先生に聞いても同じ答えが論理的に返ってくる。こうなったらすごい学校ができるよね」と夢見て語っていたんです。それをまさに加藤先生は作られつつあるのですね。

加藤 そこはやっぱり手をつけたいところです。

次回(3)に続く・・・

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