今回からお届けする志桜塾代表・長谷 剛先生は、スポーツ科学的アプローチである機能分析を駆使し、国語教育に革命を起こした男――教育出版大手の著者としても活躍されている若き天才です。
先生は、その国語の指導技術を一目見ようと、他県から見学者が来るほどの有名教師である一方で、指導者としての高いスキルを持つテニスコーチとして、島根の高校テニス界を引っ張る存在でもありました。
しかし、東大生を毎年輩出する県内一の名門校を惜しげもなく辞め、国語専門の私塾を開き、プロ国語教師としての活動を開始されたのです。
その独立の理由と、スポーツと脳科学を融合させた新しい国語指導法の真髄に迫るため、取材陣は一路、水と文化の都、松江に飛びました。
大通りに面した文教地区、開塾したばかりの「志桜塾」の教室で、気さくにインタビューと授業見学に応じていただいたのですが、そこで記者は、まさに魔術としか表現できない衝撃の授業を目撃してしまったのです。
脳科学との融合
長谷 では、やっていきましょう。まず復習です。
記憶には、どんな種類がありました?2種類言ってね。
生徒A 一つは短期記憶(※1)。
長谷 そうそう。
生徒B もう一つは長期記憶(※2)。
長谷 C君、覚えちょるな。短期記憶と長期記憶っていうのがあるが、国語はどちらで解くんだっけ?
生徒C 右。
長谷 視力検査か。しゃべりなさい(笑)。国語は?
生徒C 短期記憶。
長谷 英語は?
生徒D 長期記憶。
長谷 いいですね。ちょっとだけ説明しますが、長期記憶というのは、要するに“覚えなければダメだ”ということです。
一方、現代文の定期テストがあっても、本文を覚えたことはないでしょう?覚える必要は無い。なぜなら、国語を解くためには別の記憶――短期記憶を使わなくてはならないからです。
基本的に人間の記憶は、短期記憶の中でも、最初は“感覚記憶”と呼ばれるものから使うと言われています。
例えば、アニメは動いているように見えるよね。そのように見えるのは、何枚ものセル画、静止画が連続しているから動いてるように見えるんだけど、その理屈は分かるかい?
そう、前の画像を覚えてないと動いているようには見えないよね。
大体、一般的なアニメは1秒間に24コマ。――だったよね、Eさん?
生徒E 知りません。
長谷 Eさんはアニメ好きだったんじゃないの?(教室笑)
生徒E いや……。
長谷 ジブリ系になると、これがもう少し細かくなる。だから滑らかだって言われる。
これが感覚記憶。
そして短期記憶の中で、もっと大事なのが、作業記憶だ。覚えているかな?
生徒A いや……。
長谷 作業記憶。一般的に国語ができると呼ばれる人は、この作業記憶の力が非常に強い。作業記憶の時間が短い人は、国語ができないというより、いわゆる「集中力が無いね」って呼ばれる人になる。
注※1●短期記憶
人間の記憶のうち、短期的に保持される記憶のこと。
その持続時間は数十秒から数カ月程度とされる。
短期記憶に情報処理能力を含める場合、作業記憶とも呼ばれる。
注※2●長期記憶
比較的長期にわたって持続する記憶。
長期記憶の容量は現在のところほぼ無限とされており、
記憶が保持される期間も数時間から数十年にわたる。
国語 = 短期記憶(作業記憶)
※英語、数学は長期記憶が中心
脳の機能から考える
では、このカードを覚えて(と、「猫」、「桜」、「電車」のイラストが描かれたカードを取り出す)。
はい、B、100引く7は?
生徒B 93。
長谷 93引く7は?
生徒B 86。
長谷 86引く7は?
生徒B 79。
長谷 もっと速くね、引く7は?
生徒B 72。
長谷 引く7。
生徒B 65。
長谷 引く7。
生徒B 58。
長谷 はい、最初の3つのカードを言ってみて。
生徒B 猫、電車、桜。
長谷 おう、偉い。こういうのを「作業記憶が強い」って言うんだ。
入れ物の構造をしていて、何か作業をしている、その作業途中に別の何かが入る。その後また、最初のものを思い出す、という記憶のカタチを作業記憶と言います。
国語はこの作業記憶を使って解かないといけない。その代わり作業記憶は、どんな人でも数分しか持ちません。ちなみに、感覚記憶は20秒で消えてしまいます。
――そもそも、脳の容量って、どのくらいだったっけ?
生徒C 結構多め。
長谷 結構ってどのくらい?
生徒C ……。
長谷 例えば、パソコンの記憶単位はバイトと言うよね。長谷の「ハ」だったら、2バイトになる。「HA」って書くから。
では良く聞くキロバイト、メガバイトという単位はどうだろう。
キロは2の10乗、メガは2の20乗だが、さてD君、2の20乗はいくら?
生徒D えー?
長谷 スッと言えたら、君は本当にすごいよ。
生徒D 1,024。
長谷 それは2の10乗ですよ。
生徒D あー、そういうことですね。
長谷 うん。2の10乗は1,024。ここら辺まではだいたいの人、覚えるよな。
……それ今の計算しよるの?
生徒D (ノートに計算中)
生徒E 104万8576ですか。
生徒D すげーな。
生徒E いや、1,024と1,024で出す。
生徒D ああ、そうか。
長谷 それで100万っていう単位を大体メガって言うんだけど、正確に言うと2の20乗なんだ。携帯持っちょるよな、Aのカメラは何メガ?
生徒A え、低いですね。3メガぐらい。3メガ。
長谷 3メガって低いと思う? 300万。結構高いよね。ところが今は、さらに1000万画素とか言うじゃない。
さて、冷静に考えていこう。先ほど「ハ」が2バイトだと覚えた。でも、今言ったように、「3メガでも結構低い」という感覚を我々は持ちがちだ。
ところで、そもそも人間の記憶というのは、「バイト」ではなくて、イメージで記憶するよね。
例えば自分の人生を、ずっと“目”というビデオカメラで撮りっぱなしだとして、カセットが頭の中にあるとすると、どれぐらいでいっぱいになると思う?
――これは、生まれてからたった3日でいっぱいになる。映像・イメージを撮るというのは、それだけ容量が大きいんだ。いっぱいになったらどうしたらいい?
生徒C リセット。
長谷 リセット? 人生をリセットするかい?(笑)
結局、映像を捨てないといけないことになるよね。
つまり、我々の記憶というのは、ものを忘れることが前提なんだ。そうしないと3日間でもう、ハードディスクの容量、つまり脳の容量がいっぱいになるから、とにかく忘れましょうという構造になっている、ということだ。
D、今まで何日間生きてきた?
生徒D 計算できません。
長谷 と、いうぐらい君たちは、ものを忘れることが大前提なんだ。またいずれ話してあげるけれど、長期記憶においては、ものを忘れることが前提の我々が、ものを覚えるためにはどうすればいいのか、ということがテーマになってくる。
さらに、現代文に至っては、数分しか持たないような短期記憶、作業記憶を使わないと解けない……。分かる?忘れることが大前提だ。
ならば、どうしたらいいかな? Eさん。
生徒E 本文を読むときに線を引く。
長谷 線を引っ張ったり、メモしたりするよね、普通。
まあ、パーフェクトな脳を持っている人は、きれいなままだよね(笑)。
隣の子に、さっきの本文を見せてごらん。わたしの脳はパーフェクトであることをアピールするか、わたしって普通の人間なのかをアピールするか、の違いだな。
(とある生徒の何も書き込んでいないノートをピックアップし)
これ見てごらん。超天才だ、ということでしょ(笑)。
それは冗談だけど、人間の記憶ってこんなものなのだから、「絶対に覚えられない」ということを前提にスタートすると、どうしてもメモするしかないんだ。
記憶は1時間経つと、もうほとんど忘れてしまう。60%、70%以上忘れてしまう。 ならば、必ずメモをしないといけない。
奇妙な三角カッコ
長谷 A、400字の原稿って何秒で読める?
生徒A ……。
長谷 一般的なアナウンスでは、400字の原稿は90秒って言われている。じゃあ、センター試験の評論の4,500字を読もうとしたら――
いや、計算しやすいように、4,000字を読もうとすると何秒掛かるか。
生徒A 900秒。
長谷 そう。じゃあ、900秒って何分?
生徒B 15分。
長谷 もちろんアナウンスでは音読しないといけないから、本当はこれよりも短くなるけれど、15分かかる。で、今、君たちは解くのに20分かかりました。
では、例えば第1段落から終わりの第15段落まで一気に読んで、「よーし!」って問2を解こうとした時、覚えていると思いますか?
天才じゃない限り、忘れてしまうよね。忘れることが前提だ。
こう考えていくと、あるポイントまで来て――今回だと第4段落の頭に傍線部Aがあるから、こういうポイントの所まで来たら、まとめてしまって、問題にあたる方が合理的だよね。
忘れることを前提として学習しましょう。
だから、
線を引くなどして、忘れないための工夫が必要。