学校を変えるということ
―― 学校改革のツールとして、論理エンジンをすべての先生に理解してもらい、全ての授業において、論理的思考と、論理の言葉のやりとりに統一させる……開発者の出口が抱いていた理想がまさに実現されつつある場面を目の当たりにして、正直鳥肌が立つような感さえありました。
加藤先生が目指されているのはおそらく、学校改革、ひいては教育改革だと思います。論理エンジンを改革ツールとして使いこなすコツを教えていただければありがたいのですが。
加藤 学校を変えるということは、簡単に言うと教師を変えるということだと思っています。
学校は、そこで実践されている教育の中身が全ての核です。それを中心として、例えば教育課程やコース制、施設というようなハードウェアの観点、あるいは募集戦略などがあって、総体を構成しています。
学校を改革するということはそれぞれの観点にメスを入れるということです。私学に限って言えば、システムや器などのハードウェアの改革が注目された時代がはるか昔にありました。その後に訪れた、募集戦略でどうにかなっていた時代も今から10年くらい前に終わっています。
そしてここ10年くらい前から、「どういう教育を子供たちに提供できるのか」という、教育内容を再検討する時代になっている。教育の質の追求といったことですね。
教育内容あるいは教育の質というものを突き詰めて考えていくと、やはり学校は授業が中心であって、授業のクオリティを高めることがすごく大事になってくるわけです。
授業のクオリティを高めるためには、当然教師の指導力を高めなくちゃいけない。そのためには何が必要か。パッと思いつくのは、教員研修ですが、なかなか上手くいかないことが多いのが実情です。でもそこでストップするわけにはいかない。