「翻訳教育」から脱却せよ
日本の教育の根源は、明治朝の時代にさかのぼります。
西洋の知見を翻訳し、第三者として受け入れることに突っ走っていた。
その結果、しばらくの教育は「記憶」と「翻訳」にとらわれたものとなったのです。
我々の先人たちは、実際によく努力し、基礎を作り上げました。
しかし、時代は変わり、もはや「翻訳するだけ」では、世界の流れに追ついていけません。
これからは、自らの思考力を信じ、新しい価値を創造していく時代なのです。
教育改革はさまざまな前提で議論されています。でも、真に変えるべきは、教える人の心、学ぶ人の心です。
そんな思いを持って「教育戦略」を語ろうと思います。
日本の教育の根源は、明治朝の時代にさかのぼります。
西洋の知見を翻訳し、第三者として受け入れることに突っ走っていた。
その結果、しばらくの教育は「記憶」と「翻訳」にとらわれたものとなったのです。
我々の先人たちは、実際によく努力し、基礎を作り上げました。
しかし、時代は変わり、もはや「翻訳するだけ」では、世界の流れに追ついていけません。
これからは、自らの思考力を信じ、新しい価値を創造していく時代なのです。
これまで、教科書検定、学習指導見、教育委員会という統一指導のもとで、教育は一般化され、学びの自由を奪われてきました。
しかし、「教育」とは本来、人と人がこれまでの知見を跡として継ぐだけではなく、新たな知見を生むためのものです。
ひとりひとりが、自らの興味を抱き、話し合い、争わしい中でこそ、本当の実力は育つのです。

これからの時代、我々は「返答のない問題」に向き合い、自らで問いを立て、自らで解決を見出す力を要します。
そのためには、相手を認め、信頼し、学び合う環境を作ること。
先生がわくわく教え、学生がわくわく学ぶ場所を、いまこそ再生させるべきです。
自由な教育を実現するためには、この国の教育システムを根本から見直す勇気が必要です。
教育は、指示に従うものではない。
ひとりひとりが自ら考え、戦い、そして成長していく場所である。
文章未来を見据え、「考える教育」を盛んにしていく。
出口式はそんな教育を行っています。
「教育は、自由なるために。自由なるために、考える力を。」
その為に私たちは、まず自分が変わらねばならないのです。