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探訪・論理の匠

論理の匠 vol.3

~開智学園開智高等学校・加藤克巳先生~

論理エンジン研修会の超人気先生、ついに登場 (3)

- 前編「教材観と実際の授業」その2 -

OSは国語の問題集ではない

―― 論理エンジンが少しでも理解されるよう、われわれも様々な試みをしているのですが、力不足を痛感します。

加藤 世の中にありますよね、良い物なんだけど、その良さが分かってもらいにくいものが。論理エンジンはその一つなのかなとも思います。

今まで論理エンジンを教えていない教員に、これを伝えていくとき、本校では実際に私の指導を見てもらうとか、あるいは何か問題があった時にすぐに聞きに来てもらうようにしています。本校の場合はそれが中で出来るのでまだいいですね。

現在、導入を考えている学校が、最初に導入をした場合、それがうまくいくか失敗するかは、「導入した先生が本当にどこまで論理エンジンに惚れこめるのか」が、ポイントになると思います。導入した責任を自分で取って他の先生を指導していく位の気構えがないと、何となくの採用だとやっぱり難しいと思うのです。

単なる国語の問題集として使ってしまうと、論理エンジンの良さが失われてしまうと思います。もし本当に国語の問題集として使いたいのでしたら、私は高校レベルですとPSを導入するか、あるいはシステム現代文の方が良いと思うんです。

OSはやはり中学校や中高一貫校、あるいは小学校での導入がいいのでしょう。本校みたいに高校からOSだけをやるというようなやり方は、なかなか現場の先生たちのコンセンサスは取れないでしょうね。

かといってOSからPSまで一気に高校3年間でやろうと思うと、これはかなりのボリュームになるので、生徒に丸投げしてしまう部分が多くなってしまう。たぶんOSの1から3ぐらいまでは、「これちょっと自分たちでやっておけよ」みたいな感じで自習させてしまったりするのではないでしょうか。

しかし、個人的には論理エンジンのOS1から3までは、論理エンジンのエッセンス中のエッセンスがおさまっているところなので、これこそ教員が時間をかけて教えなくてはならないと考えています。そこを見た目簡単だから丸投げしてしまうと、本当に高校生に小学生の国語問題集を与えているだけになってしまいます。

すると、子どもたちは自分でパッパッやっていっちゃって、「あ、間違えちゃった。でも大丈夫、大丈夫」と、一万円近い教材を使っているのに全く力にならないということになってしまう。

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