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探訪・論理の匠

論理の匠 vol.3

~開智学園開智高等学校・加藤克巳先生~

論理エンジン研修会の超人気先生、ついに登場 (2)

- 前編「教材観と実際の授業」その2 -

家庭の中でも論理が生きる

―― 最近、“モンスターペアレンツ”が話題になっていますが、やはり中身やプロセスが見えないから、表層的に物事を捉えてしまい、そこに対するクレームになっているかと思うのです。先生のように中身をきちんと説明していく、子どもたちの変化を身近で感じ取っていただくことは大事なことですね。

先生の授業によって、今まで感情語しかしゃべれなかった子どもたちが、きちんと筋道を立ててものが言えるようになる、時には親が言った感情語に対して切り返してくる。まるで論理エンジンを家庭の真中に置いているかのように論理的な会話が弾む環境をお作りになったわけで、先生はすごいことをなさったんだなあ、と今ひしひしと感じました。

加藤 特に母親というのは、高校生ぐらいの子どもに対して「もうなんでそうなの」とか「やだ、もう。あんたは」と言うんですね。口癖みたいなものです。だから、そんなお母さんたちに、「今日、私の講座に出ていただいた以上は、『なんでそうなの』とか『やだ、もう』はやめてください」とお話しています。これは完全に感情語ですから。

“論理的”というと何となく、生徒も保護者の方も、詭弁であるとか、理屈っぽい、相手を言いくるめるとか、そういう印象をお持ちになってしまうと思います。わが子が論理的になるというと、堅物になって、口ばっかりの鬱陶しい奴になるようなイメージになってしまうと思うのです。

本当はそれと全く逆で、誰に対しても分かりやすいこと、非常に明快であること、これが論理的ということなのです。論理的であればあるほど、多くの人たちと平易な言葉で明快にコミュニケーションが取れるようになるのです。

そういうことへの理解を目指しているので、保護者の方々に「だってお母さん『やだ、もう』って言ったとき、自分のそのイヤさ加減は相手に伝わらないでしょう。だからそれをきちんと、なぜ自分がイヤなのかが伝えられるようにならないと。そういうお子さんに育ってもらいたいとお思いになりませんか」という話を差し上げています。すると、非常に納得していただけるんですね。

―― 素晴らしいですね。論理エンジンを開発当初は試行錯誤の連続でした。その中でも出口がブレなかったのは、加藤先生のように、子どもたち、学校、先生に対して「こうあってほしい」という強い信念があったからです。

母語として日本語を使っている以上、日本語を使いこなせない人は、社会人としてどこか足りない点があるのではないか。そして使いこなせた人は、その人の人生が広がるような武器を手に入れたことになる。そういうことを10年以上前から言い続けてきましたが、先生のお話を伺って、いままさに開智高校でそのような素晴らしい環境が具現化されていると知り、非常に嬉しく思います。

加藤 先ほどお話ししたように、今年度(22年度)一年間かけて、論理エンジンの指導に当たっている教員以外の、国語の教員や他教科の教員にも、論理エンジンの研修を行っています。狙いは、次の23年度にすべての教員が各教科の指導の中で、論理エンジンの用語を用いて、論理エンジンの思想を語ってもらうことにあります。

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