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探訪・論理の匠

論理の匠 vol.3

~開智学園開智高等学校・加藤克巳先生~

論理エンジン研修会の超人気先生、ついに登場 (5)

- 前編「教材観と実際の授業」その1 -

国語は意図的に学ぶ必要がある

加藤 英語や数学について、我々は意図的に学びます。これらは自然にできるようにはならないからです。ところが日本語だけは自然にできるようになります。しかも周りにどういう大人がいたか、その環境で我々の国語力は変わってきます。

 

当然、周囲の大人たちが関西弁をしゃべれば関西弁をしゃべるようになるし、関東だったら関東弁をしゃべるようになるわけです。

このように、自然の中で国語力というのは形成されてしまう。ではその自然に身に付いた国語力とはどの程度のものかというと、日常生活で困らないレベルなんですね。数学に置き換えて言えば、足し算・引き算・掛け算・割り算ができるレベルです。四則演算ができればセンター試験でOKかと言えば、もちろんそうはならない。

にもかかわらず現代文については、日常生活で不足していないのでなんとなく国語が出来る気になってしまって、その学力でセンター試験を受けに行って…、撃沈されるわけです。

ではどうやって国語を勉強すればいいのか。実は英語や数学は勉強の仕方が分かるけれど、国語は勉強の仕方が分からないという子が多いという実態に解決の糸口があります。先ほども触れたように、英語や数学は意図的にやっているので、それがすなわち学習法になるわけです。一方で国語は自然に身についてしまうので、意図的に勉強していませんからやり方が分からない。だから意図的に学ぶ必要があるんです。

そこで国語の学力を意図的に構成するツールがないものだろうか、と考えまして、そこで出会ったのが論理エンジンだったんですね。

小・中学校を通じて何となく自然に身に付いた国語力で小説教材を読み、コミュニケーションを取る、といったことしかできていない子どもたちは、どうしても感覚的に言葉を使います。そうすると感覚がマッチしない人とはコミュニケーションがとれません。そうなってくると、一時的な浅いレベルでしか信頼関係を築くことができない。

感覚的な言葉を否定するわけではないのですが、一方できちんと論理的な言葉・世界というものをもう一度、一から学び直さなくてはいけないのではないか、そのためには、たとえ高校生であっても小学校4年生からもう一度おさらいしてやっていこうよ、と思ったのです。

S類には、入学時の偏差値が極めて高い子が多いです。でも、論理エンジンをやらせると、もうOS1からどんどんつまずくのです。あの間違い体験が子どもたちに非常に良い。はじめは本当に簡単な主語・述語の問題ですから、パッと見ると誰でもできるような気がするのです。

しかし、実際やってみると意外と出来ない。「あ、そうか。俺こんなに国語力がなかったんだ」と自覚する。そこに学習の動機が生まれてくるんですね。

このように、21世紀のリーダーとして信頼を得ることができる人間の、必須ツールである「客観的な言語をきちんと使いこなせる能力」の養成という意味で、我々の教育理念に非常にマッチした教材だということが、導入における論理エンジンの一番の魅力でしたね。

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