『論理エンジン』開発の経緯

開発者・出口汪について

関西学院大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。

広島女学院大学客員教授、論理文章能力検定評議員、出版社「水王舎」代表取締役。

現代文講師として、入試問題を「論理」で読解するスタイルに先鞭をつけ、受験生から絶大なる支持を得ているカリスマ。また、論理力を養成する画期的なプログラム「論理エンジン」を開発し、多くの学校・塾に採用され好評を博している

また、『システム現代文シリーズ』『システム中学国語シリーズ』を始めとした学習参考書がベストセラーとなるなど、今なお受験生の絶大な支持を得ており、著書累計刊行部数は1300万部を超える。

現在は、大学での講義や一般向けの講演、中学・高校教員の指導の他、YouTubeチャンネル『出口汪の学びチャンネル』で様々な発信を行う等、その活動は多岐にわたる。

『論理エンジン』開発の経緯

東大はじめ難関大学の合格請負人・現代文カリスマ講師として活躍していた出口汪は、なぜ『論理エンジン』を開発したのか。ここでは、その理由について、出口の著書から振り返ってみましょう。

images現代文はどんな力をみようとしているのか?
同じ文章、同じ設問が出題されることはない。一つの問題をどんなに理解したところで、次にはまったく別の問題が出題されるわけである。

では、どうすればよいのか?私は考えた。

空所問題はどんな力を試しているのか?

指示語、接続語とは何か? 

(出口汪『「論理エンジン」が学力を劇的に伸ばす』(PHP研究所)より抜粋

論理には演繹法と帰納法がある。演繹法とは、一般から具体を導く方法である。帰納法はその逆で、具体から一般を導くことだ。
受験で必要なのは、そのほとんどが演繹的思考力である。
数学では、公式を頭に置いて、最後は具体的数値を求める。物理では、たとえば万有引力の法則から、個々の現象に関して説明する。
すべて、一般から具体ではないか。

逆に、ニュートンが個々の現象から万有引力を発見したのは、帰納法による。が、受験生にはそうした能力は要求されない。
だからこそ、大学受験までは、論理的な訓練をすれば、だれでもある程度学力をアップさせることができるのだ。
だれもがセンス、感覚の教科と思い込んでいる現代文こそ、演繹と帰納だ――そう考えたとき、私の現代文の教え方は一変した。

images一つひとつの入試問題は全て具体であって、同じものは一つもない。それら個々のものを説明するのではなく、入試問題に共通のものを抜き取っていく。そして、一定の仮説を立てる。現代文の共通の読み方、設問の解き方を考えることで、頭を帰納的に使っていったのである。その結果、私の頭の中で、現代文が論理的にできていることがしだいに明らかになっていく。

講義は演繹的なものにした。

あらゆる問題を、一定の法則に従って説明していくと、生徒たちの反応が明らかに違ってきた。一つひとつの説明に納得しはじめたのである。

自分が考え出した法則で説明がつかない問題に出合ったときには、法則そのものが不完全なのではないかと思い、修正を加えた。
そうして五、六年たったとき、あらゆる問題が法則にしたがって解けることに確信をもつことができた。

私は入試問題の文章をどうやって生徒に説明しようかと考えた。
説明とは、筋道を立てて話すことであり、すでにその段階で、頭は論理的に働き出す。
どんな文章でも、筆者は筋道を立てて書いている。
その筋道を読み取り、理解し、整理し、それを生徒に向かって筋道を立てて説明する。

私が二十年以上やってきたのは、そのくりかえしだった。

論理とは一本道である。

いまがこうなら、次はこうなる、次がこうなら、最後はこうなるしかないと、最後まで見通すことができる。一本道にならないときは、論理にどこか矛盾があるのである。

こうして、私は人の話が以前よりも理解できるようになった。相手の話を理解できるだけでなく、自分の話し方まで論理的に変わった。相手が頷きながら聞いてくれることが多くなったのだ。

コミュニケーション能力が強化され、それにしたがって人間関係も円滑になった。さらに、ものごとの先を予想できるようになった。
頭が自然と論理的に働くようになると、見通しが利くのだ。ものごとの本質を見抜いたり、未来を予測したり、新しい発想が湧いたり……と、すこしずつではあるが、自分のなかでなにかが変わりつつあった。

私は論理的に話し、論理的に文章を書くことができるようになっていった。その結果、講義が評判になり、書いた本も多くの人に読まれていく。

私が二十年かけてようやくつかんだ地点から、だれもがすんなり出発できたらどれほどすばらしいことだろう。そうしたシステムと教材が必要だった。私は膨大な作業に没頭することになった。

そうやってできあがったのが、「論理エンジン」なのです。